妖精姫と忘れられた恋

第10話 ディルとメルティア

2023.02.05 掲載

 城へと戻ったメルティアは、さっそくディルからお化粧の方法を教わる。

 メルティアよりも圧倒的に手先が器用でセンスのいいディルに、「すごいすごい!」と何度も歓声を送った。

「ティア一人でできる?」

「大丈夫! ディルにぃ丁寧に教えてくれたもん」

「ティア気づいたら濃くなってるから気をつけてよ」

「うんっ」

 他にも髪の毛のアレンジや服に合うアクセサリーなんかも見繕ってくれる。

 何なら母親からいくつかアクセサリーをもらってきたほどだ。

 と言っても、メルティアの母親も着飾ったりはしないため、上品なイヤリングやネックレスばかりだった。

「髪はまとめてうなじを出すとセクシーらしいよ」

「ディルにぃ詳しいね」

「そう? 常識じゃない?」

 そうだろうか? とメルティアは首をかしげる。

 そして、メルティアは基本的に城の中の狭い空間しか行き来しないけれど、ディルは小さなころから広い世界を見ていたことを思い出す。

「ディルにぃ、昔よくお城抜け出してたもんね」

「あぁ……そんなこともあったね」

 メルティアのやわらかな金髪を器用にまとめながら、ディルは懐かしむように目を細める。

「ディルにぃ、小さいころこのお家嫌いだった?」

「なんで?」

「だって、いつもどこかに行っちゃうから……」

 メルティアは幼いころいつもディルの背中を追いかけていた。

 だけどメルティアが眠っている間に、ディルはどこかに行ってしまうことがよくあった。

 起きてからいない兄を探し回り、そのたびに妖精から「外に行った」と聞かされていたのだ。

「ティアを置いていったのは悪かったと思ってるよ。でも、あのころは、少しでも早く信頼できる者を見つけておきたかったから」

「信頼できる人?」

「そう。何を知っても、何があっても。この国の中核になれる人を」

 ディルの声音が変わった気がしてメルティアは口を閉ざした。

 ディルは自分がどこかから見つけてきた者だけをそばに置いている。

 ベイリーは名門ランスト家の出だが、出会いは子どもが集う空地だというのだから不思議なものだ。

 ジークともそこで出会ったらしい。

 そしてディルが城にジークたちを連れてきたときに、メルティアは一目見てジークに恋をした。

「ティアは、どうしてジークが好きなんだっけ?」

「はじめて会ったとき、ジーク、キラキラしてた」

「キラキラ?」

「うん。光の粒みたいなのがね、キラキラって舞ってたの。あとね、ジークの周りに妖精がいっぱいいたの」

「へぇ」

 何かに祝福されているかのように、ジークの周りをたくさんの妖精たちが囲っていた。

 光の粒はその妖精たちが振りまいていたものだったのかもしれない。

「だからね、ジークと話しているときに妖精のこと言っちゃって……」

「……」

「でもジークは、変って、言わなかった」

 メルティアはいまでもその時の光景を覚えている。

「「ティアの心が綺麗だから、妖精が見えるのかもしれないね」って、そう言ってくれたの」

 人には見えないものが見えているとわかったとき、メルティアの周りは騒然とした。

 神の化身だと言う人もいれば、よくないうわさを立てる人もいた。

 恍惚とメルティアを拝める人、嫌悪の目で見る人。

 そんな人たちから守るようにメルティアは家族の後ろに隠された。

 幼いながらにメルティアも、妖精のことを大きな声で言ってはいけないとわかった。

 そんなメルティアを一番に守ってくれたのはディルだった。

 子どもだから外の鳥と会話のまねごとをしているらしいと、うわさをかき消したのもディルだ。

 そしてメルティアと遊ぶときは人払いをして、メルティアと二人……正確には、多くの妖精たちと難しい会話をしたり、くだらない遊びをしたり、妖精から聞く手遊びをしたりした。

 ディルはメルティアにとって一番の理解者だった。

「ジーク復帰したら上手くやりなよ」

「う、うん。頑張ってみる」

 綺麗にまとまった髪を見て、メルティアはまた「すごいすごい!」と喜び、小さく手をたたいた。

「僕たちもなるべく長くいるつもりだけど……」

「またどこか行くの?」

「行き来がしにくくなる前に、もうひとつだけ行っておきたいところがあって。何か欲しいものがあったら見てくるけど」

「うーん……」

 物欲のないメルティアは何度も首をひねる。

 しばらくして、目をキラキラさせて大きく手をたたいた。

「あっ! そういえばね、薬になるキノコがあるみたいで探してるの」

「どんなの?」

「キノノタケっていうの。黄色くて、黒い点と、青い渦巻きがあるキノコ!」

 ディルが鼻の頭に皺を寄せてドン引きした顔をする。

「なにその毒々しいキノコ。毒キノコじゃないの?」

「違うもん。チーくんたちが教えてくれたもん」

「ふぅん。なら、そのチーくんに聞けばいいんじゃないの。どこにあるのか」

「それがね、そのうち生えてくるかもしれないけど、今はないんだって」

「……どういうこと?」

 ディルが不審そうに空中を見る。見えない妖精の姿を探しているようだ。

「わかんない。ディルにぃいろんなとこ行くから、見かけるかもしれないと思って!」

「お土産にキノコが欲しいとかいうのティアくらいだよ」

 飽きれ交じりにディルは笑う。

 それでもメルティアの頭の上で小さく手が弾んでいたから、了承したらしい。

 二日後、メルティアはいつもより早く起きた。

 髪の毛をきれいにまとめあげ、ディルに教わった通りに化粧をした。

 それから街で買ったない胸が強調される赤と黒の派手な服を着る。あまりにも不格好だったから、ちょっとだけ詰め物をした。

 最後に耳にイヤリングをつける。

「変じゃないかな?」

 何度も自分の姿を鏡で確認しては、チーに尋ねる。

「チーくんどう? 可愛い?」

「さぁ、どうかな」

「えっ! どこか変?」

 メルティアは鏡をじーっとのぞき込む。

 そんなに濃くはないはずだ。

 でも「もうちょっと」、「もうちょっとだけ」と色を足していったから濃くなっているのかもしれない。

「ど、どうしよう。ジーク来ちゃう」

「別に変とは言ってないさ。可愛いかって言われるとノーコメントってだけ」

「ええっ! 可愛くないなら意味ないよ」

「でもそれがメルの思うジークの好みなんだろ?」

「う、うん。違うの?」

「さぁ。ジークに聞いたらいいんじゃないか?」

 なんとも曖昧な答えにおろおろしていると、トントントントンと優しく扉がノックされる。

「メルティア様。起きていらっしゃいますか? ジークです」

 メルティアの心臓が大きく跳ねた。

 こうなったら直している時間はない。

 メルティアは最後に鏡を見て、ササッと前髪を整えると、緊張に乾く口をゆっくり開いて、か細い声で「どうぞ」と言った。