妖精姫と忘れられた恋

第12話 花の妖精

2023.02.05 掲載

 メルティアの一日は、基本的に花の世話で終わる。

 ファルメリア王国の王族には、代々受け継がれる役目があるからだ。

 国中を花で満たすこと。

 城の庭園を絶やさないこと。

 この二つだ。

 そしてメルティアには普通とは違う特殊な才能があった。

 メルティアが世話をした花たちはとにかく長く生きたのだ。

 それ以外にも、妖精たちの助けを借りることができるため、どの花がどこにあっていつ頃枯れそうかもわかった。

 だから去年、メルティアが15になった年に、メルティアは城の庭園の管理を任されることになった。

 それまでは父と母が二人で担っていた役目だ。

 ある程度の世話は庭師がしてくれるものの、庭の外観、どの花を植えるかなどの最終判断はメルティアがしていた。

 そして今日は、そんな庭師たちとの打ち合わせの日だった。

 自分のガラスハウスの手入れを終えたメルティアは、城の会議の間に向かう。

 部屋に入ると、すでにいた庭師たちが会釈をしてくれるのだが、今日はメルティアを見て一瞬固まった。

「……」

 庭師たちが目で会話をする。

 メルティア様に、いったい何が? と。

 メルティアもいつもと違う空気を感じたので、チラリと後ろのジークを見た。

 ジークは「だから言ったでしょう?」と目で訴えてくる。

 メルティアは急遽羽織った上着の前をきゅっと合わせた。

 メルティアが座ると、いつも通り会議がはじまる。

 ここはこの色がいいとか、この花がもう枯れそうだとか。木の形はどうするだとか。

 渡された資料をながめて、メルティアは考える。

「ここの色、変えてほしいって言ってたぜ」

 チーが資料を指さしたのを、メルティアは黙って確認する。

「こっちのやつは少し休みたいってさ。で、この場所の気温が少し変わるから変えた方がいい」

 チーの言葉を頭の中でメモして、外観を組み立てる。

 そして、持ってきていた紙に、ささっとメモをして、庭師たちに変えてほしいところを伝える。

「あの……」

「はいはいなんでしょう?」

「こことここ、変えていただけますか? それと、こっちは寒さに強いこの色のお花にしたくて……」

「もちろんです。でしたらガーベラとかにしましょうか」

 メルティアはこくこくうなずく。

 基本的に隠されて育てられたメルティアは知らない人との会話が苦手だった。

 それでなくても、あまり会話をしないようにディルから言われている。

「それにしてもメルティア様、何かあったのですか?」

「えっ!」

「いつもと雰囲気が違うと言いますか……何かお悩み事でも?」

「い、いえ。その……似合いませんか?」

 似合っていないことなどとっくに知っているのだが、そこまで言われるほどなのかと内心びっくりした。

 これでも一応ディルには「まぁまぁ」と言われたはずなのだが。

「い、いえ! 似合わないだなんて。ただ、今日はいつもより妖艶と言いますか……ねぇ?」

 同意を求められた庭師たちがためらいがちにうなずいているのを見て、メルティアはつまり大人っぽいということ? と少しだけ喜んだ。

「いつもと違う雰囲気にしてみたんです。ありがとうございます」

 お世辞でも「似合っている」と言われて、メルティアの頬はによによとゆるむ。

 そして口元を緩ませたまままた資料にメモを書き加えた。

 そんなメルティアに、一人の庭師がぽーっとした顔で話しかけようとすると、メルティアの後ろにいたジークが大きく咳払いをした。庭師はハッとした顔で居住まいを正す。

 メルティアはジークを振り返って小首をかしげた。

「ジーク? 風邪?」

「いえ。なんでもありませんよ。お気になさらず」

 爽やかな笑顔でジークが答える。

 メルティアは最近ジークの休みが少なすぎるのでは問題を抱えていたため、やっぱり働かせすぎなのかもしれないと不安がよぎる。

 もう少し半休を増やしてみるべきか、そもそも半休じゃ休んだ気にならないんじゃないかとか。

 すました顔で立っているジークを盗み見て、メルティアは難しい顔をする。

 だが、すぐに庭師たちに声をかけられて、慌てて意識を会議に戻した。

 そのまま大きな問題はなく、月に一度の定例会議は終了した。

「それではメルティア様、また来月」

「はい。ありがとうございました」

 メルティアは庭師たちが仕事に戻っていくのを見送ってから、ふぅっと椅子に腰かける。

「お疲れさまでした。部屋に戻られますか?」

 ジークに問いかけられて、メルティアはチラッとジークを見る。

「似合ってるって言ってくれたもん」

 ジークが不服そうに片眉をあげた。

「悩みでもあるのかと聞かれていたじゃないですか」

「そ、それは……たぶん珍しかったから」

「王族に不似合いですだなんて言う不敬な者はいませんよ」

「ジークは言ったもん。似合わないって」

「お世辞が欲しいわけではなさそうでしたので」

 全部事実だから何とも言えない。

 メルティアはむぅっと口をとがらせて、そのままテーブルに突っ伏した。

「メルティア様、こんな場所で寝たらだめですよ」

「ん……なんだか少しだけ、疲れちゃった……」

 朝早起きをしたからか、少しだけ眠い。

 うとうととまどろんでいると、大きなため息が聞こえた。

「ん……じーく」

「……はい」

「じーく……」

 半分寝かけながら呼びかける。

 目を閉じて、ほんのわずかにだけ意識がこの世と繋がっている、そんなとき、さらりと髪に触れられたような気がした。

「ティア」

 呼びかけられたような気がした。

 でも意識は半分以上眠りの沼に引きずり込まれていて、上がっては来れなかった。

 目が覚めたときには、夜になりかけていた。

 メルティアの部屋で静かに読書をしていたジークが、ふと顔をあげる。

「目が覚めましたか?」

「わたし……寝ちゃってたの?」

「慣れないことをするからですよ」

 起きて早々小言が飛んできてメルティアは口を尖らせた。

 そしてふと、部屋の中に違和感があることに気づいた。

「あれ……何か変……」

「メルティア様?」

 メルティアは起き上がって、部屋の中を歩き回る。

「どうされました?」

「何か変なの」

「変とは?」

 ジークも一緒になって部屋の中を見る。

「特に何もありませんでしたよ」

「うーん……あ!」

 メルティアは今朝水をあげていたたくさんの鉢植えの前で止まった。

 そして、その中の一つを持ち上げる。

 綺麗な黄色の花を咲かせていたはずが、端がくすみはじめていた。

「……枯れかけていますね」

「朝は元気だったのに……」

「その花、二月以上咲いていますよね? さすがに寿命なのでは?」

 メルティアの部屋に飾られている花は、すべてジークが買ってきたものだ。

 ジークが外に行くたびに買ってくる花を、メルティアは全部部屋の中に置いていた。

「でも、もっと長く咲いているお花もあるのに」

 それに、朝は異常がなかったはずだ。

 枯れそうな花はなんとなくわかる。もうすぐ寿命だと。

 メルティアはその花をテーブルに置いて、上から横からななめから、じっくり観察をする。

「チーくん、なにかわかる?」

「わかるというか、自然現象だな」

「自然現象?」

「そいつはちょっと敏感だったのさ。だから、仕方がない」

 メルティアは目を瞬いて首をひねる。

「チーはなんと?」

「自然現象で、仕方がないって」

 ジークも意味がよくわからなかったのか首をひねる。

「そいつは来年花を咲かせないから手を入れるならはやめの方がいいぜ」

 それを聞いてメルティアは鉢植えを持って部屋の扉へと歩き出す。

「メルティア様!?」

 ジークがメルティアの手を引いた。

「もう日が落ちてきていますよ。どこに行かれるおつもりですか」

「この子植え替えるの」

「今からですか?」

「チーくんがはやいほうがいいって」

「明日にしましょう?」

 諭すジークをメルティアは強い目で見つめ返す。

「だめ。だって、これはジークがくれたお花だもん」

 ジークが言葉に詰まったすきに、メルティアはするりと腕を抜き取って部屋を出た。

 慌ててジークが追いかけてくる。

「……今回だけですよ」

「うん!」

 しぶしぶメルティアに付き従ってくれるジークと一緒に、暗がりの中ガラスハウスに向かう。

 中に入ってすぐ、ザクザクと土を掘り返して花を植え替えた。

 そして、「よろしくね」と声をかけて、メルティアはガラスハウスを後にする。

「前々から思っていたのですが、メルティア様は蜂に話しているのですか? それとも妖精?」

「え、うーん。両方?」

「蜂が何を言っているのかもわかると?」

「な、なんとなく? 妖精みたいに会話ができるわけじゃないよ」

 変だと思われているのかと、少しためらいがちに答える。

 ジークがそんなことを思うはずがない、とは思うのに、最近のジークの考えがメルティアにはよくわからなかった。

 だから何を言われてもいいように、少しだけ身構えていたのに。

 ジークはクスクスと笑ってメルティアを見ながらやわらかく目を細める。

「蜂のこともわかるなんて、なんだか花の妖精みたいですね」

 とろけそうな眼差しにどきんっと心臓が飛び跳ねた。

 ジークはやっぱりジークだ。

 何も変わっていない。

 はじめてジークに恋をしたときから、なにも。

 恋心が膨れ上がるのと同時に、この間見た、ジークと仲睦まじく寄り添う女の人を思い出す。

 メルティアはジークと一緒にいたいけれど、ジークは?

 ジークが一緒にいたい人は、あの人なのではないのか?

 らしくない服を見下ろして、メルティアは考える。

 本当に、これでいいのかな? と。

 自分の幸せばかり考えて、ジークの幸せを壊そうとしているんじゃないか。

「メルティア様?」

「え? あ、ううん。なんでもないの。花の妖精みたいに……なれたらいいのにね」

 自分の欲に溺れず、花のように黙ってジークを見守ることができたなら、そのほうが幸せだったのかもしれない。

 それか、あの人になれていたら。

 そんな叶うはずのない夢を見て、メルティアは自分の部屋に向かって歩き出した。