妖精姫と忘れられた恋

第34話 後悔しないために

2023.02.23 掲載

 メルティアはギョッとしてチーを見た。

 チーは悪戯が成功したと言いたげに両手で口を押えてクスクス笑った。そうして、「見てみればいいだろ」と石碑を示す。

 メルティアはおっかなびっくり石碑に近づいく。

 石碑の前に立って、刻まれた文字を読んで、ほぉっと安堵の息を吐く。

「ご先祖様のお墓、こんなところにあったんだ」

 ジークハルト・P・ファルメリア。

 確かにそう刻まれていた。

 メルティアが以前書庫で見つけた日記の持ち主だ。ラブレター付きの。しかも、初代国王だという。

 正真正銘メルティアの先祖だった。

 メルティアは墓の前で手を合わせた。

 とりあえず何を言ったらいいのかわからなかったから、「元気です」とだけ念じた。

「このティアナローズ、たぶんご先祖様のためのものだよね? 採っちゃっていいのかな?」

「メルがいいって思うならいいんじゃないか?」

「チーくん、責任押し付けようとしてる」

 メルティアはぷぅっと拗ねたように頬を膨らませて、もう一度墓の前で手を合わせる。

 少しだけもらっていきますと念じた。

 メルティアは墓から離れた端の方のティアナローズをもらっていくことにした。

 近くのを採ってしまうのはなんだが寂しい気がしたのだ。

 端にしゃがみ込んで、チーが浮かべる透明な瓶にティアナローズの蜜を詰めていく。

「ねぇチーくん。ジークはどうして縁談なんて受けてるんだろ?」

 手を動かしながらメルティアは問いかけた。

「さぁ。それはオイラにもよくわからないね」

「チーくんにもわからないことあるんだ」

「人の心はよくわからないさ」

 妖精だからな、とチーは続ける。

 やっぱり妖精と人だと考え方にも違いがあるのだろうか?

「人と妖精、何が違うの?」

「何から何まで違うけど、一番は生きてる年数じゃないか?」

「チーくん長生きなんだっけ」

「まぁな。だから人との考え方に違いがある。オイラはジークが思い詰める理由も多少は理解できるけど、馬鹿だなって思うぜ」

「そうなの?」

「ま、今のジークは見えないから伝えようもないけどな」

 ふてくされたようにチーはそう言った。

「ジークは何に思い詰めてるの?」

「劣等感」

「……劣等感?」

「そうとしか言いようがないね。それと……」

 チーはニヒルに笑う。

「相手の幸せの思い込み」

 メルティアは沈黙した。

 ジークは相手の幸せを願って恋を諦めたということなのだろうか?

「チーくん。わたしね、ジーク、このままだと絶対後悔すると思うの」

 ティアナローズの蜜袋を割りながら、メルティアはぽつりぽつりと言葉を零す。

「それにね、わたしも後悔する気がする」

 透明なガラスに蜜が注がれていくのをメルティアはじっと見た。

「あとでジークが後悔する姿を見たくないの」

「頑張ることにしたのかい?」

「うんっ。ジークが本当に好きな人と結ばれるを見届けたら、チーくん、わたしと一緒にどこかでこっそり暮らそう? 二人だけで暮らすのも、きっと楽しいよ」

 姫という身分を捨てて、二人だけでこっそり暮らしたなら、護衛もいらないし何も気にしなくていい。

 ジークに自由を返してあげられる。

 それに、誰もいないところでこっそり暮らしたなら、ジークが誰かの隣にいるのを見なくてすむ。

 メルティアはただ、ジークが好きという気持ちだけ抱えて、時が過ぎるのを待つ。

 この体の終わりが来る日まで。

 チーはガクッとずっこける真似をして、やれやれとため息をつく。

「ま、メルの好きにしたらいいさ」

 小瓶にたくさんの蜜を集めて、メルティアは最後にご先祖様の前で手を合わせた。

 お邪魔しましたと、お元気でと念じた。

 あまり意味はないかもしれないけれど。

 メルティアはチーと一緒に来た道を戻っていく。

 一人で作業をしていたから結構時間が経ってしまったようだ。日の傾きを見るに、今はおやつ時のようだ。

「けっこう時間かかっちゃったね」

「そうだな。メル覚悟した方がいいぜ」

「え? なんの?」

 チーはクスクスと笑っただけで答えてくれなかった。

 ガラスハウスに戻ったころには、すっかり時間が経ってしまった。

 これから蜜を調整して、発注先に送る手配をして……と考えながらガラスハウスの扉を開く。

「あれ……開いてる」

 鍵をかけそびれたのかもしれない。

 誰かいるのだろうかと見ても、植物でおおわれていてよく見えない。

 メルティアは首をひねりながら扉を開けた。

 すると、中にいた人がびゅっと首をひねって振り返った。それはもう、ビュンッと音がしそうなくらい。

「じ、ジーク?!」

 なぜか、出かけたはずのジークが立っていたのだ。

 メルティアはハッとして焦りに顔を引きつらせる。たくさんの瓶を後ろに隠した。

 いったいいつからいたのかわからない。

 けれども、メルティアが一人でどこかへ行ったのは気づいているはずだ。

「ど、どうしたの? 今日はお休みでしょ?」

 平静を装って話しかけてみるものの、ジークはつかつかと歩いてくる。

 素早く、でも走っていないのが迫力満点だ。

「どちらへ行かれていたのですか」

「ジーク、顔こわい……」

「どちらへ?」

 じろりと睨まれてメルティアは肩をすくめる。

「て、ティアナローズを採りに……。お城のは咲いてなくて、チーくんが咲いてる場所知ってるっていうから」

「俺がいるときに行けばいいでしょう」

「で、でも発注が来てて。急ぎかもしれないし……それに、大丈夫だったもん」

 メルティアの言い訳にジークが眉を上げる。

「そうやって大丈夫大丈夫と思っていると、いつか足をすくわれるんですよ」

「うっ」

 耳に痛い言葉だった。

 メルティアはジークと恋人になると思って思って、なれなかったのだから。

「じ、ジークこそどうしたの? 用事は?」

「ああ……終わったので帰ってきました」

「え? でも、縁談だったんでしょ?」

「……妖精ですか?」

「違うよ。なんとなく……勘」

 ジークは沈黙を貫くが、メルティアの追及する視線は止まらない。

 やがて、ジークが観念したように息を吐く。

「そうでしたが、早々に条件が合わなかったので辞退してきました」

「条件? 結婚ってそんなに難しいの?」

「……思っていたよりもずっと難しいみたいですね」

 苦笑したジークがメルティアの持っていたたくさんの瓶を採る。

「これはどこにあったのですか?」

「え? えっと……ひみつ」

 ジークが不満そうに眉を上げたのに気付いたが、メルティアはクスクスと笑ってジークの横を通り抜けた。

「……メルティア様?」

 メルティアは振り返って首をかしげる。

「どうしたの?」

「いえ……気のせいか?」

 メルティアの目の前に立ったジークはじーっとメルティアの顔を凝視した。

 とくに目を見られているような気がする。

「じ、ジーク? あの……近いよ……」

 ぐっと顔を近づけて顔をのぞきこんでくるから、メルティアはたじたじだ。

 身を引くとジークはハッとした顔をして、一歩後ろに下がって咳払いをする。

「すみません。不躾な真似を」

「う、ううん。どうかした?」

「いえ。気のせいだったようですのでお気になさらず。それより、その蜜を送るのですよね」

「うん。発注書はこれ。お願いしてもいい?」

「かしこまりました」

 メルティアから紙を受け取ったジークが準備のために出ていく。

 メルティアはほっと小さく息を吐いた。

 あっさりと破談になったことに、メルティアは安心していたのだ。

 これで結婚が正式に決まったと言われたらどうしようかと思っていた。

 まだ時間はある。

 ジークの思う条件にぴったり合う人が現れるまで……。

「……そういえば、ジークの条件って、何なんだろう?」

 どんな難題を吹っかけているのかと、メルティアは一人、ガラスハウスで首をかしげた。