妖精姫と忘れられた恋

第47話 精一杯のラブレター

2023.02.23 掲載

 メルティアが目覚めない日が続いたある日、ジークは街に出かけて花を買った。

 メルティアの部屋の花の世話はしていたものの、月日が経つことで少しずつ枯れる花も出てきたのだ。

 新たな新鮮な花を手に、メルティアの部屋に戻る。カーテンを開けて日の光を浴びせ、花たちに水やりする。

 淡々といつもの日課をこなしていると、背後で何かが動く気配がした。

 ジークは緊張に息を詰めて、しばらく固まったのち、おそるおそる振り返った。

 勘違いだったらと思うと、怖かったのだ。

 そぉっと振り返って、ジークは息を呑む。

 たしかに、誰かが動いているのだ。メルティアのベッドで。

 ジークは手に持っていた如雨露を放り捨てるように乱暴に置いて、慌てて駆けだした。そして、勢いよくメルティアのベッドのカーテンを引く。

 目を丸くして驚いた顔をしているメルティアと、目が合った。

「……ティア?」

「……ジーク?」

 切れ長の目を目いっぱい開いて、死人を見たかのような顔をしているジークに、メルティアはふわりと花のように笑いかける。

「おはよう、ジーク」

「……っ、」

 ジークは声も出せずに、呼吸を震わせた。胸が苦しくなって、息苦しくなってくる。鼻の奥がツンとして、視界がにじんだ。

 ポタリと、メルティアの手の甲に綺麗な雫が落ちてくる。

「ジーク?」

「……もう、起きないかと思った」

「……」

「何度呼んでも、目が覚めなくて、一生、このままかと」

「……うん、ごめんね」

 苦笑するように目を細めて笑ったメルティアを見て、胸の奥が苦しくてたまらなくなる。

 ジークは体を突き動かす衝動のままにメルティアを抱きしめた。勢いよく、搔き抱くようにメルティアの体を丸ごと抱きしめる。

「ジーク、苦しいよ」

「……っ、」

 メルティアを抱きしめたまま、ジークは肩をふるわせた。

 メルティアはただ、優しくジークの背に手を添えて、その大きくて小さな背中をなでた。

 よしよしと、泣かないでと、そうやって何度も何度もなでた。

 しばらくすると落ち着いたのか、ジークは体を離し、そっと両手でメルティアの頬を包む。優しく懇願するように、額と額を合わせた。

「ジーク……?」

「ティア、愛してる」

 目を見開いて呆然としているメルティアを見て目を伏せると、ジークは首を傾けた。そして呆けているメルティアの唇に、そおっと、ジークの唇が重なる。

 触れるのを、少しだけ怖がるように、ジークの唇は震えていた。

「んっ……ジーク」

「ティア……」

 熱に浮かされたような目でメルティアを見つめて、もう一度口づけようと顔を近づけてくる。

 でもメルティアはあることを思い出して、ジークを両手で押し返した。

「ティア?」

「うそ」

「は?」

「うそだもん。ジーク、好きな人いるもん」

 ツンと口を尖らせて、メルティアは拗ねたようにジークを見ている。

 ジークは何度も目を瞬き、頭に疑問符を浮かべた。心当たりがまったくなかったのだ。

「だから、ティアが好きだって……」

 言いかけて、ジークは我に返ったようにかあっと顔を赤らめ、大きな手で口元を覆い隠して目をそらした。

 それを見たメルティアは目を丸くして、でも訝しむように目をすがめた。不貞を追及する妻のようだった。

「だって、ジーク、お花屋さんは?」

「……花? どういう意味だ」

「あのお花屋さんの女の人、あの人が好きなんじゃないの?」

「……誰がそんなことを?」

「えっ、違うの?!」

 メルティアはおろおろと視線を泳がせては、腕を組んで目を閉じる。

 メルティアの記憶ではたしかにジークはあの人に恋をしていた。

「だって、顔赤くしてたし……」

「俺が? いつですか」

「最初に行ったとき」

 ジークは首を傾げて、しばらくして心当たりがあったのか気まずそうな顔をした。

「やっぱり! ジークのうそつき!」

「違いますよ。あれは、そういうのではなくてですね……」

「じゃあなに?」

 メルティアが純粋な瞳で見上げてくる。

 ジークは引きつった顔のまま、そっとメルティアを抱きしめて誤魔化そうとした。

「ジーク!」

「……言わないとダメですか」

「だめっ!」

「あれはですね……その……花を、買っていたから」

 メルティアの頭には疑問ばかり浮かぶ。顔に出ていたのか、ジークがしぶしぶと言いたげに言葉を足す。

「だから、あなたに花を贈っているのがバレていたんですよ。そこにあなたがやって来たから、からかわれたんです」

「……それだけ?」

「それだけですよ……」

 メルティアはどうにも腑に落ちなかった。

 それだけで顔を赤くする必要があるのか。

「おいおい、大事なこと言ってないだろ、ジーク」

「チー!?」

 ジークがギョッとした顔をしてメルティアから手を離す。

「ジークはさ、ラブレターを送ってたんだ。メルに」

「へ? そんなのもらってないよ」

「待て待て待て」

「紙じゃなくて花さ」

「花?」

「メルは分からないだろうな。これは人間たちが勝手につけたものだから。花には、花言葉ってのがあるらしいぜ」

「……花言葉?」

 メルティアがジークを見ると、ジークは顔を真っ赤にして片手で口元をおおっていた。

「贈る花によって、愛してるだとか、あなたを守るだとか、あるんだよ。メルに贈られてたのは、全部そういう言葉だったってわけ」

「……そうだったの?」

「あまり辱めないでください……」

 メルティアは目を丸くして、破顔する。

「ジーク、そういうことする人だったんだ」

「だから言ったろ? ジークはロマンチストだって」

 メルティアの部屋に飾られていたたくさんの花たち。

 全部、ジークが贈ってくれたものだ。

 それらはやっぱり、ジークの恋の欠片だったらしい。

 メルティアへ、言えない想いをたっぷりとのせた、精一杯のラブレター。

「ジーク、もう一回言って?」

「……なにをですか」

「愛してるって。キスもして!」

「……あなたは本当に、いつまでも子どもですね。愛してます、ティア」

 愛おしそうに目を細めて、ジークはそっとメルティアの唇にキスをする。

「俺の話も、聞いてくれますか?」

「うん。なぁに?」

「昔話です。腰抜け男のくだらない話ですよ」

 クスクスと花のように笑うメルティアの額に、ジークは何度も何度もキスを落とした。