妖精姫と忘れられた恋

第14話 決意

2023.02.08 掲載

 街で栄養剤の材料を買ったメルティアは、寄り道もせずまっすぐ城に戻った。

 そして、静かなガラスハウスの中でゴリゴリと木の実をすり鉢ですり潰しながら、今日の出来事を考える。

 ジークに声をかける綺麗な人。

 その人と寄り添うように話していたジーク。

 結局、仕事だからとジークはメルティアを優先してくれた。

「……」

 行き着くのは、もう何度も何度も考えたこと。

 自分は、ジークの幸せを壊しているんじゃないか、と。

 あの綺麗な人の悲しそうな顔が頭の奥にこびりついている。

『メルティア様が羨ましい』

 あれはきっと本心なのだろう。

 メルティアはジークに好きになってほしかった。

 恋人になって、夫婦になって、これからもずっと一緒にいたかった。

 今ジークがメルティアといてくれるのは、そういう仕事だからだ。今日メルティアを優先してくれたのも仕事だから。

 でもそのせいで、ジークは大切な人に悲しい思いをさせた。

「……わたしがしていることって、邪魔なのかな……」

 愛する二人を引き裂く悪いお姫様。

 たまに物語に登場した。

 気づかないうちに、そういう存在になっていたのかもしれない。

「……」

 すり潰していた手が止まる。

 慣れないお化粧に、似合わない服。

 ジークの好みになろうと頑張ってみたけれど、ジークが好きになってくれる気配はない。

 メルティアは、どう頑張ってもあの人にはなれない。

「メルティア様、必要なもの集め終わりましたよ。一応確認してくださいね」

 ジークが花や草を抱えて戻ってくる。

 メルティアはハッとしてガラスハウスの入口を振り返った。

「えっ、はやいね。ありがとう!」

「……どうかされました?」

「え?」

「ご気分が優れないようですが」

 近づいてきたジークにじっと顔をのぞき込まれて、メルティアはうつむいた。

 気合のこもったお化粧を見られるのが、なんだか恥ずかしくなったからだ。

「大丈夫だよ」

「少し休憩された方がよろしいかと」

 ジークが水筒からカップに水を注ぐ。

 そして小瓶からティースプーンに一杯、琥珀色の蜜をすくった。

「口を開けてください」

「自分でできるよ」

 メルティアはジークからスプーンを受け取る。妙薬の元といわれるティアナローズの蜜だ。

 口に入れたとき、甘いのに少しだけしょっぱい気がした。

「これ、ティアナローズの蜜?」

「そうですよ」

「……少し味が違う気がする」

「そうですか?」

 ジークが自分の指先に蜜をたらして口に含む。じっくりと舌の上で転がしたあと、首をかしげた。

「同じだと思いますが……」

「気のせいかな?」

 食べものに異変があるときは教えてくれるチーが何も言わないから、どうやら思い過ごしらしい。

 メルティアはジークから渡された水を口にふくんで、一気に飲み干した。

 いろんな思いも全部、なかったことにするみたいに。おなかの奥にしまい込んだ。

 その日の夜、メルティアは一人で実の兄ディルの元へ行った。

「はぁ? 騎士を増やしたい?」

 何やら分厚い本を読んでいたディルは、メルティアの話を聞いて素っ頓狂な声を出した。

「急になに? 無理に決まってるでしょ」

「で、でも。ジーク一人だと大変だから……」

「今までずっと一人だったじゃん」

「それはジークが無理してくれてたから。それに甘えちゃだめだったんだよ」

 ディルはため息をついて、メルティアに向き直る。

「ジークにそう言われたの?」

 メルティアは小さく首を振る。

「違うよ」

「だろうね。ジークは絶対そんなこと言わない」

「……い、言わないから。気づいてあげなきゃいけないんだよ」

 メルティアは珍しくめげなかった。

 口の上手いディルにも食ってかかる。

 ジリジリと睨み合いを続けて、やがて、ディルが折れた。

「ジーク以外がティアの騎士ができると、本気で思ってるの?」

「……」

「昔、何があったか忘れた?」

 メルティアはきゅっと唇を引き結んだ。

「護衛による誘拐未遂。食事に睡眠薬、痺れ薬、惚れ薬なんてのもあったね。まぁ、全部妖精たちのおかげで未遂だけど」

「でも、今は違うかも……」

「どうかな? ティアと一緒にいると、だんだん狂ってく人が多すぎる」

 メルティアはうつむいて床を眺めた。

 気をつけてはいるけれど、気を抜くとついチーと話したり、仲良くなった人にさりげなく妖精のことを言ってしまったりしていた。

 きっと、それが不気味で仕方がなかったのだろう。

 メルティアのそばにいた人は、みんなおかしくなってしまった。

 でも、メルティアと離れてからは平穏に暮らしていると聞いている。

「……ディルにぃたちは、平気だもん」

「それについては仮説がもう僕の中でできてるけどね。今はいいや」

 ディルはテーブルに頬杖をついて上から下までメルティアをながめた。

「騎士を増やして、ティアはどうしたいの?」

「じ、ジークのお休みを増やしてあげたい」

「それは僕たちが落ち着いてからじゃダメなわけ?」

 メルティアは黙り込んだ。

 そして、こうしようと決めた理由でもある、綺麗な女の人の顔が浮かぶ。

「でも」

「うん」

「ジークが結婚したら、ずっと騎士をしてもらうわけにもいかないかもしれないから……」

「…………」

 ディルが探るように目を細める。

「ティアはジークが別の人と結婚してもいいって思ってるってこと?」

 ドクンッと心臓がはねた。

 嫌だと思う心を必死に押さえつけ、メルティアはスカートをきゅっと握りしめた。

「わ、わたしは、ジークに、幸せになってほしい」

「……」

 しばらく重苦しい沈黙が続いたあと、ディルが大きなため息をついた。

「わかった。お試しならいいよ」

「ほ、ほんとっ!?」

「ただし、僕が見繕ってくる」

「う、うんっ!」

 ディルは大きすぎるため息をついて、手のひらに額を乗せてうなだれた。

「ディルにぃ、怒ってる?」

「怒ってるというか、完璧に適合する人なんてどこにいるのかと途方に暮れてる」

「どういうこと?」

「王族のくせに、家系図らしい家系図残ってないからね。まぁ、わざとだろうけど」

 意味のわからないメルティアは、ただぱちぱちと目を瞬いた。

 次の日から、メルティアは濃いお化粧も派手な服もやめた。

 前まで着ていた馴染みのある地味な服と、横髪をサッと編み込むだけの簡単な準備を終えてジークを待つ。

「おはようございます。メルティア様、起きていらっしゃいますか? ジークです」

「う、うん! 起きてるよ。おはよう、ジーク」

「失礼します」

 メルティアの部屋に入ってきたジークが、メルティアを見て一瞬呆ける。

 そして、何度か瞬きをして、「ついにお止めになられたのですか」とおかしそうに笑う。

「う、うん。もういいかなって」

「そちらのほうが、メルティア様らしいですよ」

 何気ない言葉にメルティアは嬉しいような悲しいような複雑な気持ちになる。

 メルティアらしいというのは、あの人とは正反対だからだ。

「あ、あのね、ジークに報告というか、伝えることがあるの」

「はい、なんでしょう?」

 カーテンを開け、メルティアの部屋を整えていたジークが振り返る。

「あのね、騎士をもう一人増やすことにしたの」