妖精姫と忘れられた恋

第15話 昔の出来事

2023.02.08 掲載

 珍しくジークが息を呑んで、そのままの姿勢で固まった。

 しばらく待っても動かない。

 メルティアは内心驚きつつも、おそるおそる呼びかけた。

「じ、ジーク?」

 ようやく言葉を咀嚼したのか、ジークは動き出す。

 眉間のシワをひときわ深くして、大股でメルティアの前まで歩いてきた。

 そしてメルティアの目の前で止まったジークは、目尻を釣り上げたまま、怒りに瞳をギラつかせてメルティアを見下ろした。

「ご自分が何をおっしゃっているのか、わかっているのですか?」

「う、うん。わかってるよ。ジークこそ、どうしたの? 顔こわいよ……」

 ジークの体から沸き立つ怒りオーラにメルティアは慄いた。

「幼いころ、ご自分に何があったのかお忘れになったのですか」

「わ、忘れてないよ」

 ジークの剣幕に押されてメルティアが一歩後ろにさがると、ジークも一歩詰めてくる。

 ジークとの距離が近い。

 普通ならときめきそうな状況だが、目の前に鬼のような顔をした男がいるのだから、そんなときめき思考も吹っ飛ぶ。

「ど、どうしてそんなに怒るの? ジークのお休みだって増やしてあげられるよ」

「俺は、休みが欲しいと言ったことなどないはずですが」

 メルティアは口ごもる。

 ディルにも言われたことだ。「ジークがそんなこと言うはずがない」と。

「で、でも」

「でも何ですか?」

「好きなときにお休み取れた方がいいでしょう? 二人いたら、ジークばかり無理する必要もないよ」

 ジークは納得していないようで、怖い顔をしたままだ。

「俺が無理をしていると、あなたはそう思っていらっしゃるのですか」

「……」

 無理をしているなんて、本当は思いたくはないけれど。

 いつか、重荷になるかもしれない。

 せめて、『メルティア様の騎士なんてならなければよかった』と、そう思われないようにしたい。

「また、あなたが傷つくかもしれないんですよ」

「……大丈夫だよ。もう昔とは違うもん」

「どうしてそう言い切れる」

「……」

 根拠ゼロの言い分だから、そこを詰められるとメルティアには何も言えなかった。

 黙り込んだメルティアに、ジークがさらに眉をつり上げる。

「みんな居なくなっちゃうって、いつも泣いてただろ」

 メルティアは言葉に詰まった。

 図星だったのもあるが、怒ってるからかジークから敬語が消えたのだ。

「また同じことが起きるかもって、どうして考えられない」

 メルティアの脳裏に、幼いころの会話が思い浮かんだ。

 昔、メルティアの護衛だった人が、メルティアが昼寝をしている間に手足を拘束して、どこかへ連れて行こうとしたことがあった。

 結局、それはチーの起こした爆風と、その異変に気付いたディルによって発見された。

 メルティアが起きたときにはぶち切れたディルが剣を抜いていて、部屋が血みどろになりそうだった嫌な記憶だ。

 そのとき、メルティアははじめて家を抜け出してジークのところに行った。

 泣きながらジークに会いに来たメルティアに、ジークは心底驚きながら、膝をついて慰めてくれたのだ。

『ジーク、あのね、みんなティアのとこからいなくなっちゃうの』

『ティア……どうした? 何があった?』

『ディルにぃにもおこられたの……』

『喧嘩か? ティアに甘いディルが珍しいな』

『ティアがね、その人いじめないでって言ったら、自分がゆうかいされそうになったのがわからないの!? って。ジーク、ゆうかいってなに?』

『……』

 勝手に城から抜け出してきたことに気づいたジークがすぐに送り届けてくれたが、ジークから離れたくないとメルティアが泣くものだから、結局ジークは三日間城に泊まった。

「何か起きるたびに、ひそひそと噂されていたのも忘れたのか?」

「き、気にしてないもん」

「いつもしょんぼり肩落としてただろ」

「ち、ちっちゃいころの話だもん」

「だんだんと、あなたが何かしているのでは、なんて噂が立っていたんだぞ。またそうなってもいいって言うのか?」

 ジークの語尾が強くなっていく。

 メルティアは言葉に詰まって、視線を床に落とした。

 涙をこらえるように黙り込んでしまったメルティアに、ジークが息を呑む。

 そして片手で顔をおおって深く息を吐き、そのまま一歩後ろにさがった。

「すみません。頭に血が上っていたようです。不躾な真似を……」

「い、いいの。……本当のことだから」

「……申し訳ありません。メルティア様。何なりと処罰を」

「え!? な、ないよ。処罰なんて……あ、じゃ、じゃあ、騎士、増やしてもいい?」

「…………」

 まったくめげていないメルティアに、ジークの冷たい視線が飛んだ。

「……もう決まったことなのでしょう?」

「う、うん。ディルにぃにも言ったよ」

「ディルはなんと?」

「ディルにぃが見繕ってくるって。お試しならいいって」

 ジークがしばらく沈黙する。

 やがて、諦めたように息を吐いた。

「わかりました」

「ほ、ほんと?!」

 メルティアは安堵の息を吐く。ジークの怒りのオーラが鎮火したことにもほっとした。

 まさかこんなにジークが怒るとは思っていなかったのだ。

「よかった。これでジークのお休み増やしてあげられるね」

「……」

 ジークの「話を聞いていなかったのか?」と言いたげな視線が飛ぶ。

 メルティアはその視線を無視した。

 今はそうやって言ってくれるかもしれないけれど、きっと「あの時メルティア様が騎士を増やしてくれてよかった」と思うときが来るはずだ。

 仕事を理由に大切な人を傷つけることもない。

「ジーク、お休みがほしいときはいつでも言ってね」

「……わかりました」

 そんなやり取りから数日が経ったある日、ようやくメルティアの騎士が増えることになった。

 代々王族に仕えている者が多い一家の長男だった。

 もともと騎士団に所属していて、遠方まわりをしていたところを呼び出したのだとか。

「メルティア様、このたびあなたにお仕えさせていただくことになりました、エルダー・デモリットです」

 メルティアより10歳、ジークより5つ上の26歳。明るく陽気で多くの人に好かれそうな人だった。

 ジークとは雰囲気がまったく違ったけれど、メルティアは上手くやっていけそうだとホッと息を吐いた。

「こ、これからよろしくね」