妖精姫と忘れられた恋

第25話 夢か現実か

2023.02.20 掲載

 メルティアはなるべく火照った顔が見えないように、うつむきつつ振り返る。

 目が合うと、ジークはハッと息を吞んで、素早くメルティアから手を離した。

「いえ。なんでもありません。……申し訳ありません、メルティア様」

「う、ううん。助けてくれてありがとう」

「……」

 少しの気まずさを感じながら、メルティアはジークの膝の間から元いたジークの隣へと移動する。

 甘く感じた空気は霧散し、逆に重苦しい空気がただよった。

 今のは、何だったのだろう。

 妄想?

 でも、たしかに引き寄せられたはずだ。

 おなかにあった腕の感触は残っているし、耳元で囁くように呼ばれた名前が鼓膜にこびりついている。

 背中にあたった温もりだって。

 なによりも、心臓がドキドキしている。

 顔の熱が、まだ引かない。

 メルティアは資料を読むふりをしながら、横目にジークを見た。

 ジークは黙り込んで、どこか放心したように自分の手のひらを見つめていた。

 そうして、強く手のひらを握ると、目を閉じて深く息を吐いた。

 まるで精神統一でもしているみたいだ。

 ジークは今、何を考えているのだろう。

 ジークには好きな人がいる。

 その相手はメルティアではない、はずだ。

 それでも、「もしかしたら」なんて淡い期待が過ぎってしまうほど、「メルティア様」と、そう呼んだ声は、とても大切な人を呼ぶ声のように思えた。

 メルティアは少しだけ迷って、ジークが目を開けるより前に声をかける。

「じ、ジーク」

 ピクッと小さくジークの手が反応して、ゆっくりと黒い瞳が顔をのぞかせる。

「……どうしました?」

「えっと、えっと。お、お昼、なに食べる?」

 無鉄砲に突っ込んだ結果、ろくな質問にならなかった。

 ジークは目を細めて「朝から食べものの話ばかりですね」とかすかに微笑む。

「街と街の間に食事処があるのでこちらで昼食の予定ですよ。そろそろ着くかと」

「そ、そっか」

 メルティアはもじもじと手を合わせてうつくむ。

 ジークの笑い方が優しいような。でも気のせいのような。

「着いたら起こしてぇ~とか言ってもたれかかったらいいだろ」

「うわぁっ!?」

「メルティア様?!」

 急にチーの声が肩元から聞こえて、メルティアは飛び上がった。

 緊迫感のある険しい顔でジークがメルティアを見る。今にも剣を抜きそうな勢いだ。

「あ、だ、大丈夫。チーくんが急に話しかけてくるから」

 ジークがほっとしたように息をついて肩の力を抜いた。

「せっかくいい感じだったのにな」

「えっ。そ、そうかな?」

「そうさ。そのままイチャつくかと思ったぜ」

「な、し、しないもん」

 だってあのジークだ。天地がひっくり返ってもない気がする。

 チーは面白がるように目を細めて、チラリとジークを見てからニヒルに笑う。

「そりゃあメルはジークの顔見てなかったからな」

「え、何かあったの?」

「さぁな」

 クックックと可笑しそうに笑ってチーはジークの肩に乗った。

 もちろんジークには見えていないから重さも感じていないだろう。

 それよりもチーの言葉が気になる。

 チーから見たジークはどうだったのだろうか。そもそも、チーは知っているのだろうか。

 ジークの好きな相手が誰なのかを。

「チーくんはさ、その……知ってるの?」

 それだけで、チーはメルティアの言いたいことがわかったようで、ニタリと妖しく笑った。

「さぁ? どうだろうな?」

「……いじわる」

 メルティアはむっと顔の中心にしわを集めた。

「そういうのはあれだろ? プライベートってやつさ。オイラにも言えないことがあるってわけよ」

「前は教えてくれたのに……」

 ジークの結婚という情報は教えてくれたのに気まぐれな妖精だ。

 ふてくされて視線を動かすと、パッとジークと目が合う。

 メルティアはドキリとした。

 今の会話は聞かれても大丈夫なものだっただろうか?

 何か言われるかとドキドキ身構えるが、ジークはふとメルティアの頭越しに窓の外を見て「そろそろ着きますよ」と言った。

 しばらくすると、ジークの言う通り馬車が停まった。

 どうやら目的の休憩地点に着いたようだ。

 先にジークが降りて周囲を確認し、メルティアに手を差し出す。

 メルティアは大きな手に自分の手を重ねて、ゆっくり馬車から降りた。

 そして、すぐ目の前にある大きなログハウスに興味が引かれる。

 深い茶色の丸太を使用した外観と、周囲には色とりどりの花たち。綺麗に陳列して咲き誇っている。

 そして、空を突くように飛び出ている茶色の煙突からは、白い煙が立ち上り、風に乗って香ばしい香りが漂ってきた。

 メルティアは鼻を動かして匂いを嗅いで、未知の体験に瞳を輝かせる。

「街の外にはこんな素敵なお店があるんだね」

「俺たちがよく行く街は一応王都ですからね。交通の関係でこの辺りの店は繁盛するそうですよ」

 メルティアたちの馬車を囲んでいた護衛兵たちも、馬を繋いで戻ってくる。

 この店の利用客は多いのか、あちこちに馬車が停まっていた。

「空いてるかな?」

「おそらくは。急だったため事前連絡などはしていませんが……大丈夫でしょう」