妖精姫と忘れられた恋

第26話 幼なじみだったころのように

2023.02.20 掲載

 ジークが先に店に入り、その後にメルティア、兵たちと続く。

 ウェイトレスらしき店員は、ジークが入った瞬間その服を見て固まった。

 次にそっと目線を動かしてメルティアを見て、息を飲む。

「突然の来訪申し訳ありません。人数が多いですが問題ないでしょうか?」

「か、かしこまりましたっ! 大変申し訳ございません、少々お待ちくださいませ!」

 大慌てで店員が奥へと引っ込んでいく。

 代わりにやって来たのは、白いコック服を着た料理長と思わしき男性だった。

「メルティア様。ご来店ありがとうございます。お席にご案内いたしますね」

 料理長の案内でメルティアたちは窓ぎわの席に通される。

 そこだけ切り取られたように騒がしさはなく、静かな空間だった。

 さらには窓の外にたくさんの花壇があって、花がよく見える特等席だ。

 メルティアはジークと向かい合って座り、その周囲を取り囲むように少し離れた席に兵士たちが座る。

「何がよろしいですか?」

「うーん」

 メルティアはあまり外食をしたことがなかった。

 小さいころなら外食もあるらしいが、その記憶ももう朧気だ。

「なんでもいいの?」

「もちろんです。メルティア様のお好きな蜂蜜パンもありますよ」

 ジークがひとつひとつメニューを示しながら説明してくれる。

 ファルメリア王国の食事は基本的に野菜だ。

 豆から作った肉に、豆や麦から作ったミルク。豊富な野菜料理に、蜂蜜をたっぷり使ったパンやケーキがよく出る。

 あれこれ悩んで、メルティアは野菜たっぷりクリームシチューと、蜂蜜パンを頼んだ。

 ジークは豆肉のハンバーグとサラダにガーリックパン。

 他の兵たちも思い思いの食事を注文していた。

 待っている間、メルティアは窓の外をながめた。綺麗な花たちの周りを、妖精たちが楽しそうに飛んでいたからだ。

 なにかお喋りをしたり、花びらをなでたり香りを嗅いだりと楽しそうにしている。

 その光景にたっぷりと癒されたところで、メルティアは前を向く。

 そして、ふふっと小さく笑った。

「メルティア様?」

「あ、ごめんね。ジークの周りにね、いつの間にか妖精がいっぱいいたから」

「……どの辺ですか?」

「うーん。全部? ジークの周りで遊んでるよ」

「そう言われるとなんだか落ち着きませんね」

 ジークはすわりが悪そうに体を動かし苦笑いを浮かべる。

「ジーク、すごく妖精に好かれるよね。どうしてだろう?」

「他の者は違うのですか?」

「全然違うよ。今だって、ジークのところだけだもん」

「とくに好かれるようなことはしていないと思いますが……」

 ジークは本当に心当たりがないようで不思議そうに首をかしげる。

 と、そこに料理が運ばれてきた。

 とろとろのクリームシチューに、焼きたてパン。次から次へとテーブルに並べられる。

 シチューからは白い湯気が立ち上り、食欲をそそる香りが鼻の奥をくすぐる。我慢できないとばかりにおなかが小さく悲鳴をあげた。

「いただきます」

「お待ちください。メルティア様」

「え?」

 さっそく食べようとしたメルティアをジークが止める。

 そして、メルティアの皿からスプーン一杯分すくいとって口に含むと、丁寧に舌で転がした。パンも同じようにちぎって食べる。

「ジークも食べたかったの? 少し分ける?」

「そうじゃありませんよ。問題ないようですので召し上がってかまいませんよ」

「え?」

 メルティアはパチパチと目を瞬いた。

「ジーク、今何したの?」

「毒見ですよ。一応」

「えっ?」

「疑っているわけではありませんが、毎度していることですので」

 メルティアは驚いて口をあけると、ジークの顔と料理を何度も見比べる。

「ジーク、そんなことしてたの?」

「はい。毎回食事が切り分けられているのに、おかしいと思わなかったのですか?」

「食べやすくしてくれてるのかなぁって」

 ジークがこの主人大丈夫かと言いたげな目でメルティアを見た。

「そんなこと、しなくていいのに」

「あなたは王族でしょう」

「だ、だって……わたしのは……何か入ってることが一番多いのに……」

 メルティアはきゅっとスプーンを握った。

「だからですよ」

「……」

「だからしているんです。あなたに何かある前にわかるように」

 ジークは穏やかな顔で慈しむようにメルティアを見る。

 それが誇りだと言いたげな顔だ。

「でも、チーくんがいるから大丈夫だよ。ジークに何かあったら……」

「俺に何かあったときは、あなたが助かったときということですから」

 そういうことじゃないとメルティアは首を振る。

「チーくんに頼むから大丈夫だよっ」

「信用はしていますが、体調が悪くて見逃すこともあるかもしれないでしょう?」

「でもっ、でも……ジークに何かあったら嫌だもん」

 メルティアは視線を下に落とす。

 メルティアはジークに自分を大事にしてほしかった。

 でも、メルティアが王族であって、ジークがその従者である以上難しいのもなんとなくわかっていた。

 従者は主人を護るためにいるからだ。

 主人と従者でいる以上、対等にはなれない。

 黙り込んだメルティアに、チーがやれやれと肩をすくめながら言葉をかける。

「城中に妖精がいるから大丈夫だと思うぜ」

「……ほんとう?」

「アイツらがジークを見殺しにするとは思えないからな。毒見に意味はないだろうが、やって満足するならやらせたらいい」

「チーくん適当」

「ジークはメルのためにしてるんだから、ただありがとうと言っておけばいいと思うぜ」

「……」

 メルティアはじっと黙り込んで、もやもやを押し込めるようにテーブルの下できゅっと拳を握る。

「その……ありがとう、ジーク」

「いえ。俺がしたくてしてることですから」

 メルティアの感謝の言葉を聞いたジークが、幸せそうに目を細める。

 メルティアはその顔に驚いて、だんだんと、複雑な気持ちになる。

 ジークは、メルティアが主人であろうとすると嬉しそうにする。

 逆に、対等な関係を求めると困った顔をする。

 昔みたいに話してほしいと言っては拒絶されてきた日々。

 一日だけ。

 ほんのわずかな時間、幼なじみのジークが戻ってきたあの日、もっとなにか言えばよかったのかもしれない。

 どうしたら昔みたいに話してくれるの? とか。

 前みたいに他愛のない話をしたいとか。

 いつからか明確に引かれてしまった線を、どうしたら飛び越えられるのだろう。

「ほら、冷める前にいただきましょう」

「う、うん。いただきます」

 はじめて出逢った日。

 ジークはメルティアの願いを聞いて『ティア』と呼んでくれた。

 一緒に遊ぶ人は兄しかいないと言うと友達になってくれた。

 ジークが来た日はいつもジークにくっついて歩いていた。

 ジークは嫌そうな顔ひとつせず、メルティアの話をいっぱい聞いてくれた。

 だからいつか大人になったら、ジークの隣にいるんだと思っていた。

 それなのに、今は隣ではなくジークはメルティアの後ろにいる。

 忠実な家臣として。

 ジークの幸せそうな顔を見たメルティアは、自分の望みとジークの望みが決して交わらないことを痛感する。

「ジークは、わたしに仕えたこと、本当に後悔してない?」

「してませんよ。どうしてそんなことを?」

「ううん。聞いてみただけ。いつもありがとう、ジーク」

 感謝の言葉にジークは優しく微笑む。

 後悔しててほしかった、なんて思ったことを、メルティアは心の中にぎゅっと押し隠した。